2020/11/24
お元気ですかスピリチュアルカウンセラー久美子です。
何時も笑顔で生きている私にも、幼かった時の心の傷がある。
カウンセラーとしての道のりの中で、私よりも不幸に生きた
人との出会いで、私の方がまだ幸だったかも知れないと
思う時もあった。でも、どうしても未だに癒されない傷は、
亡き母の悲しくも短い命!思春期に母の死を父に知らされ、
その直後から、私は義理の母を心の底から赦すことが出来ず、
実家から離れた青春時代がある。其れでも義理の母から
生まれた弟は憎めず、実の妹以上に愛し尽くしてきた。
毎年10月になると、6歳で天に祝福された実の弟と、母の命日を
静かに祈る私の人生のイベントがあります。
なのに、先日、日頃殆どラインなど届かない弟の妻からラインが
来た。(今日は義理の母の命日だ)と!彼女は私達姉妹が
どんな家庭環境で、傷つきながら生きて来たのかを知らないから
いや、知ろうともしないから、ラインを届けたのだろう。
心の箱舟は囁いた!久美子の母は生みの母以外誰も居ないと。
私の母を苦しめた人、父を誘惑した人、そしてその犠牲となった
姉妹が3人いた事、母の悲しみは癒えず、我が子の名前を最期に
口にして息を引き取ったと、ある人に聞かされた光景が今も
脳裏に浮かぶ。義理の母の命日を言う前に、私の母の命日を
彼女は無視しているように感じた寂しさが心に宿る。
お墓に父は私の母の遺骨を数十年ぶりに抱いて納骨を終えた後、
母の名前を、結婚した時の名前で墓石に刻んだ時、父がどれほど
母を愛していたのかを知る事ができた。しかし、義理の母の名は
未だに刻まれていない。ある日、何故名前を墓石に入れないの?と
父に訊くと、義理の母の遺骨は義理の母の実家のお墓の傍に
いずれ移すと答えた。父にとっては其れが男の責任という
思いだったのだろう。その父も思いかなわず、天に祝福される
のが近くなった。老いていく姿は私は見たくはないのだけど。
人は生まれた時から死に向かって生かされるのだから、仕方ない
と心では理解してても、親の死は子供にとっては辛い別れです。
誰でも経験する別れですね。♥